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世界を駆け抜けた博物学者〜南方熊楠
新・田辺市民読本「南方熊楠」より
■進講・進献
 南方熊楠が昭和天皇(当時摂政宮)へ初めて粘菌標本を進献したのは大正15年11月10日のことで、小畔四郎ら門弟の収集品を主に、熊楠が37属90点を選び、表啓文を添えて進献した。粘菌にご関心の深い摂政宮のご内意があってのことで、その後、昭和3年にも標本献上の希望が宮内省生物学研究所主任服部広太郎から小畔に出されたが、これは実現しなかった。
 昭和天皇の南紀行幸が話題になったのは昭和4年3月5日、服部広太郎が侍従とお忍びで熊楠邸を訪れ、神島に渡ったことに始まる。その後、4月25日、服部から「田辺湾神島にてご説明申し上ぐべし。諾否を返電せよ」と電報が入り、折返し承諾の旨を返電した。いま白浜の南方熊楠記念館に当時の資料が展示されているが、その一つに進講決定の知事からの通達がある。

 昭和4年5月25日  和歌山県知事 野手耐
 来る6月1日、海産動植物ご採集の上御帰艦迄に、貴下御秘蔵の珍種植物標本数種御携帯の上、別仕立の船を以て云々……。

 服部の電報から1ヵ月後、ご進講1週間前の通知となる。なぜこうなったのか。これはこの時の行幸の目的と大きくかかわる。県はごく普通の奉迎態勢をとり、進講者に南方熊楠を選ぶことは念頭になかった。ところが宮内省では、昭和天皇が粘菌にすぐれてご関心が深く、田辺在住の研究家南方熊楠の名は早くからご承知である。ぜひ日程の中に神島での粘菌採集と熊楠によるご進講を入れたい、とあらかじめ3月から準備を進めていた、そういう食い違いからであろう。
 6月1日。熊楠はこの日、フロックコートを着て神島に向かい、その後、お召艦で秘蔵の収集品をご覧に入れた。昭和天皇は、大きなキャラメルのボール箱の中のタバコの空き箱や古新聞にくるまれたそれらの標本を楽しまれ、進講時間を延長させて熊楠をねぎらわれたという。その時、粘菌標本110点、海堂に棲息する蜘蛛、ナキオカヤドカリを献上した。
 昭和7年にも熊楠は、門弟と合わせて30点の粘菌標本を献上、小畔四郎が単独で献上した分と合わせて4度の進献を果たした。
幼少年期(慶応3年〜明治16年)東京修学時代(明治16年〜明治19年)在米時代(明治20年〜明治25年)在英時代(明治25年〜明治33年)帰国から那智へ(明治33年〜大正2年)神社合祀反対運動南方植物研究所民俗学植物学進講・進献熊楠を助けた人々没後の顕彰南方熊楠略年譜
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