バック写真01 南方熊楠顕彰観
ホーム

150周年記念事業
プレスリリース5月
取材申込
取材をご希望の方へNEW!
くまぐす募金
くまぐす募金にご協力をNEW!
寄付者ご芳名NEW!
イベント案内
過去の展示
顕彰館へようこそ
施設のご案内
「引作の大クス」の大枝NEW!
収蔵品
所蔵資料サンプル  画像NEW!
建設の経緯
ご利用案内
パンフレット(jpg)NEW!
登録有形文化財
旧南方家住宅
(南方熊楠邸)
登録文化財
南方家住宅
NEW!
半生を過ごした旧邸
「知の巨人」の生涯
熊楠の足跡と業績
南方熊楠ゆかりの地
熊楠ゆかりの地NEW!
残響の熊野PartUNEW!
名勝 南方曼陀羅の風景地NEW!
南方熊楠賞
南方熊楠賞とは
第27回南方熊楠賞NEW!
歴代受賞者
ふるさと納税
ふるさと田辺応援寄付金NEW!
南方熊楠顕彰会
南方熊楠顕彰会と顕彰館
顕彰会の組織
顕彰会の活動
ご入会方法NEW!
機関誌『熊楠ワークス』 バックナンバーNEW!
学術研究
顕彰会学術部
各種申請
各種申請様式
所蔵資料サンプル 画像NEW!
データベース
所蔵資料・蔵書一覧NEW!
グッズ・書籍販売
刊行物
オリジナルグッズNEW!
関連書籍
お知らせ
ニュース・イベントNEW!
H29年度 開館カレンダーNEW!
関係機関リンク
南方熊楠顕彰会のホームページNEW!
南方熊楠顕彰会のスタッフブログ
南方熊楠顕彰会のFacebookページNEW!
田辺市
田辺市熊野ツーリズムビューロー
田辺観光協会
南方熊楠記念館
国立科学博物館
リンク集

個人情報保護
サイトポリシー
お問い合わせ
休館日カレンダー
=休館日
お知らせ
南方曼陀羅の風景地が正式に名勝となりました
平成27年6月19日、国の文化審議会が文部科学に答申、10月7日、官報の告示により正式に指定されました。
●名勝 南方曼陀羅の風景地

神島、鬪雞神社、須佐神社、伊作田稲荷神社、継桜王子、高原熊野神社、奇絶峡、龍神山、八上神社、田中神社、九龍島、金刀比羅神社、天神崎

 南方熊楠(1867〜1941)は、和歌山県を中心として、近代日本の環境保護運動に先駆的な役割を果たした博物学者・民俗学者であり、特に明治末期から大正期にかけて、一村一社の方針に基づき推し進められた神社合祀政策に対する反対運動に大きな功績を残したことで著名である。熊楠の著作・記録・書簡等からは、多分野にわたる博識がうかがえるとともに、神社合祀反対及び環境保護の根拠となった独特の世界観・風景観が読み取れる。
 明治17 年(1884)、熊楠は東京帝国大学予備門を中退した後、明治20 年(1887)に渡米し、さらに英国に渡って大英博物館で資料整理に従事した。約8 年間の英国滞在中に、博物学・植物学・民俗学など多分野に及ぶ論考を総合学術雑誌である『ネイチャー』に発表し続けた。帰国後は故郷の和歌山県の中でも熊野地方に近い田辺に居を構え、植物の観察・採集・標本作成に専心するとともに、特に粘菌類の研究に没頭した。その過程で熊楠は生物間の多種多様な相互関係を表す「エコロギー」(生態学)を重視し、古跡・宗教・民俗・景色等の要素を含め、人間の精神的・物理的な関わりをも視野に入れた自然の機構総体の保護の重要性を主張した。明治45 年(1912)2 月9 日に植物病理学者の白井光太郎に送った『神社合祀に関する意見』において、熊楠は「わが国特有の天然風景はわが国の曼陀羅ならん」と述べ、「特有の天然風景」は大日如来を中心とする「真言曼陀羅」のごとく自然・人文の総体が持つ有機的な体系の重要な部分であることを指摘した。
 明治44 年(1911)に柳田國男が印刷配布した『南方二書』、明治45 年の『神社合祀に関する意見』において、それぞれ取り上げた神社境内及び景勝地の総数は37 箇所に及ぶ。そのうちの25 箇所は、熊楠を先頭とする村人たちの努力により合祀を免れた神社又は合祀後に復社した神社の境内、粘菌類等の植物観察に好適の場所として保護を訴えた景勝地などであり、独特の地形・地質、植生から成る優秀な風致を今に伝える。

youtube

【BACK】
 
南方熊楠顕彰館
MINAKATA KUMAGUSU ARCHIVES
〒646-0035 和歌山県田辺市中屋敷町36番地 TEL0739-26-9909・FAX0739-26-9913
Copyright 2006. MINAKATA KUMAGUSU ARCHIVES ALL RIGHT RESERVED